福岡地方裁判所 昭和48年(ワ)756号 判決 1975年9月04日
原告
坡平信雄こと尹柄淳
ほか一名
被告
粂田武彦
主文
一 原告らの請求はいずれもこれを棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告尹柄淳、同金胎順それぞれに対し、金二二五万円および内金二〇〇万円については昭和四六年一二月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を各支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
A 交通事故による損害賠償請求
1 (事故の発生)
訴外亡坡平忠俊こと尹忠俊(以下亡忠俊という)は次の交通事故(以下本件事故という)により脳挫傷の傷害を受け即死した。
(一) 発生時 昭和四六年一二月三日午前三時三〇分頃
(二) 発生地 福岡市大字浜男三〇一番地先路上
(三) 加害車両 普通貨物自動車(ライトバン)宮崎四な九一七七
(四) 運転者 訴外柴田治次
(五) 態様 加害車両の助手席に同乗のところ家屋に衝突。
2 (責任原因)
被告は右加害車を所有し、自己のプロパン等販売業のため運行の用に供しているものであり、右事故の頃被告は右加害車をその子訴外粂田彰三に、また同訴外人は学友である訴外柴田治次にいずれも貸与してその運行を許していた(自賠法三条)。
3 (損害)
(一) 亡忠俊の損害
(1) 逸失利益 一一八一万〇二六四円
亡忠俊は本件事故のため、別表記載のとおりの得べかりし判益を失つた。
(2) 慰藉料 三〇〇万円
(3) 原告らの相続
原告らは亡忠俊の父母であり、同人の死亡により法定相続分に応じ、同人の被告に対する損害賠償請求権を各二分の一(七四〇万五一三二円)宛相続した。
(二) 原告尹の損害
(1) 治療費 一万三五〇〇円
(2) 葬儀費 三〇万円
(3) 慰藉料 五〇万円
(三) 原告金の損害
慰藉料 五〇万円
4 損害の填補
原告らは本件損害に関し、自賠責保険から五〇一万三五〇〇円、訴外柴田から二〇〇万円の各支払を受け、治療費のみ指定充当し、その余は原告それぞれの債権額に応じ按分充当した。
充当額(概算) 原告尹 三五六万円
原告金 三四四万円
よつて被告に対し、原告尹は金四六四万五一三二円、原告金は金四四六万五一三二円の各支払を求めうべきところ、それぞれ、その一部である金二〇〇万円およびこれに対する昭和四六年一二月三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
B 慰藉料請求
1 被告は原告らに対し、昭和四八年五月延岡簡易裁判所において、亡忠俊の交通事故死亡に基づく原告らの被告に対する損害倍償請求調停事件の席上、
「加害車両のキーは、尹忠俊が窃かに盗み出したものであり、保有者に責任はない。」
と、事実無根の発言をなし、原告らを侮辱しかつその名誉を著しく毀損した。
2 そのため、原告らは右忠俊の親として多大の精神的苦痛を受けた。よつて右慰藉料として各金二五万円の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
Aについて。
1 請求原因1は認める。
2 同2については、被告が本件事故当時、加害車両の所有者であり、本件事故以前に子である訴外粂田彰三にこれを貸与していた事実は認めるが、運行供用者としてその責任を負うことは否認する。
3 同3については、原告らが亡忠俊の父母でありその唯一の相続人である事実は認めるが、損害については争う。
4 同4については、原告らが合計金七〇一万五〇〇〇円の支払を受けた事実は認める。
Bについて。
否認する。
三 抗弁
本件事故当日の午前二時頃、亡忠俊が訴外柴田らと相はかり、福岡市東区唐原高倉方の訴外小野の部屋で、酔いつぶれて寝ていた訴外粂田彰三のポケツトから加害車両のキーを無断で取り出した上、右高倉方前に駐車していた同車両を無断で運転使用中に本件事故が発生したものである。
従つて被告は本件事故当時、本件車両の運行供用者ではなく(運行利益も運行支配もない)、又亡忠俊は本件車両の無断借用者であり、同人自身、運行供用者であつて、自賠法三条にいう「他人」に該当しない。
四 抗弁に対する認否
否認する。
第三証拠〔略〕
理由
一 交通事故による損害賠償請求について。
1 請求原因1(事故の発生)の事実については当事者間に争いがない。
2 被告の責任について。
被告が本件加害車両の所有者であり、右車両をその子訴外粂田彰三(以下彰三という)に貸与していた事実は当事者間に争いがないが、〔証拠略〕を総合すれば次の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
(一) 右彰三と本件事故の被害者亡忠俊、加害車両を運転していた訴外柴田治次らは同じ九州産業大の学友であつて、昭和四六年一二月二日午後一〇時三〇分頃から翌日の午前二時三〇分頃まで大学の友人八人で福岡市大字唐原五〇四の一番地所在の訴外小野晴己の下宿において酒を飲んでいたこと。
(二) 午前二時三〇分頃になつて、亡忠俊らはお腹が空いたので、右小野の下宿から約一キロメートル離れた香椎参道入口付近にある屋台ラーメン屋に食事に行くことにし、その際、彰三が乗つてきて右小野の下宿の玄関先に本件加害車両を駐車させていたのを思い出し、これを借用しようと考えたが、彰三が前記飲酒による酔いのためすつかり寝込んでいたところから、亡忠俊が彰三に無断で、同人のポケツトから車のキーを持出したこと(他の同乗者達も右車両の使用が十分彰三の了解を得ていないことを承知していたものと思われる)。
(三) そこで右車両を訴外柴田が運転し、助手席に亡忠俊、後部座席に訴外小野他二名が同乗して、右小野の下宿を出て前記ラーメン屋に向つた。
(四) 亡忠俊らは同日午前二時四〇分頃右ラーメン屋に至り、同店でラーメン、コツプ酒を飲食した後、午前三時二〇分頃、同店を出て、来たときと同じように訴外柴田が運転し、亡忠俊が助手席に、他の三名が後部座席に同乗して、訴外小野の下宿に帰る途中、福岡市大字浜男三〇一番地先路上において、右柴田が酔いのため前方注視が困難となり、道路左側の民家の壁に本件車両を衝突させ、本件事故が発生したこと。
以上の事実(当事者間に争いのない事実を含む)によれば、被告は一応抽象的には運行供用者に該るといえるが、本件車両の持出しの態様・時刻・利用目的等を考慮すれば、本件事故当時においては、本件車両は亡忠俊、訴外柴田ら無断利用者達の支配下にあり、同人らの利益のために運行の用に供されていたものと考えられ、このような場合には、亡忠俊は他の同乗者四名とともに運行供用者であつて、被告に対する関係では、自賠法三条にいう「他人」に該当しないものと解するのが相当である。このことは、本件加害車両の持出しが無断でなく彰三の承諾を得てなされたものとしても、前記認定の経過からも明らかなように、少くとも亡忠俊は訴外柴田と共同して右車両を借用しこれを運行の用に供していた者であるから、自賠法三条にいう「他人」に該当しない点では同様であろう。
とすれば、亡忠俊の相続人である原告らが本件事故によつて蒙つた損害につき、運転者らに対し不法行為上の責任を追求するなどはともかく、自賠法三条により賠償を求めうることを前提とした本請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であり、これを棄却することとする。
二 慰藉料請求について。
〔証拠略〕によれば(一)原告らが被告に対し、昭和四八年三月か四月頃前記交通事故に基づく損害賠償請求の調停の申立をなし、同年五月頃延岡簡易裁判所で調停が一回開かれたこと、(二)右調停には被告自身および原告らの代理人として訴外古賀泉が出頭したが、被告は調停委員に対し〔証拠略〕を示し、賠償を拒絶したこと、(三)そこで調停委員から右古賀に対し〔証拠略〕を示すとともに「粂田(被告)の方では車は貸したのではない。車のキーを無断で持出されたと言つている」旨の説明がなされたこと、(四)〔証拠略〕は、訴外柴田治次の父柴田進から前記彰三宛に作成された「真実証」と題する書面で、亡忠俊が右彰三の部屋に無断で入り「洋服のポケツトから自動車のキーを無断で借り」、本件加害車両を借用して訴外柴田がこれを運転中、本件事故を惹起した旨述べたものであること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
以上によれば、原告らが本訴で問題にする被告の言辞は、右被告から訴外古賀ないし原告らに直接なされたものではなく、原告らの賠償請求を拒絶する理由として調停委員に述べたところ、それが右調停委員から間接的に原告らに伝えられたものであり、被告が正確には「亡忠俊が車のキーを無断で持出した」といつたのか「キーを盗んだ」といつたのか、必ずしも明らかではないが、被告が殊更亡忠俊あるいは原告らの名誉を毀損するために右発言をしたものとは認められず、又前記一認定のような事情の下では、右言辞をもつて侮辱的ないし名誉毀損的なものとは未だ認め難い。
してみると、被告の侮辱行為ないし名誉毀損行為を理由とする原告らの慰藉料請求も、失当として棄却を免れない。
三 以上によれば原告らの本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 権藤義臣)
逸失利益年令毎明細
<省略>